市長の手控え帖 No.152「唱歌にみる季節の情緒」
高野辰之は『故郷』のほかに『朧月夜』『紅葉』『春の小川』等の詞を詠んだ。文学博士の栄を受け、天皇皇后陛下にご進講もした。丸顔に口髭、でっぷりとした腹。いかにも押しが強そう。まさに、こころざしを果たして故郷に戻った。
作曲者は岡野貞一。鳥取市の没落士族の家に生まれ、早くに父を亡くす。岡山の姉の世話になりキリスト教系の学校へ通う。ここで音楽の基礎を学び東京音楽学校へ。母校の教授として、音楽教育に身を捧げた。瘦身で細面。万事控え目でもの静かな人だった。対照的な二人。ある時期、偶然、唱歌教科書編纂委員となり、史上に残る名曲が生まれた。
岡野は43年間、日曜日には本郷中央教会でオルガンを弾き、聖歌合唱を指導した。『故郷』には讃美歌のメロディが入っていると言われる。漱石の『三四郎』の末尾近く。教会の外で美禰子を待つ三四郎が讃美歌の合唱を聞く。察するにここは本郷の教会。であれば、合唱指導もオルガン演奏も岡野に相違ない。何よりも漱石自身が岡野のオルガンを聞いていたからこそ、このくだりが書けたのだろう。
『朧月夜』は最高傑作だろう。一番は"菜の花畠に 入日薄れ 見わたす山の端 霞ふかし 春風そよふく 空を見れば 夕月かかりて にほひ淡し"。北信濃に春がきた。千曲川沿いに菜の花の黄色い絨毯が広がる。日本の春は水蒸気が多い。あたり一面ぼおっと霞んだ夕暮れ。花畠の西に日が沈み、東から月が出る。蕪村の俳句的世界が広がっている。春の田園風景はまさに一幅の画のようだ。
二番は"里わの火影も 森の色も 田中の小路をたどる人も 蛙のなくねも かねの音も さながら霞める朧月夜"。灯火・森・人という見えるものと、蛙と鐘の音という見えないものが溶けあっている。視覚と聴覚が渾然一体となる。やがて夜の柔らかな気配に包まれ、どこかなまめいた雰囲気が漂ってくる。
そういえば、かつて"後はおぼろ…後はおぼろ…"とハスキーな声で魅了した女性歌手がいた。脱線したか!朧には視覚と聴覚の境がない。風鈴の音が涼しいとは、聴覚が皮膚感覚に及び、ひいては五感相互の越境を意味している。
感覚の境界は曖昧でいい。これが日本語の特質のひとつであり、朧とは日本人の美意識を表す象徴的言葉であろう。『朧月夜』は高野自身の体験と記憶が基にあるのは当然だが、日本人に刻まれている風土感覚が表現されているように思える。
"秋の夕日に照る山紅葉…山のふもとの裾模様"。"渓の流れに散り浮く紅葉…水の上にも織る錦"。『紅葉』には山々の紅葉、谷川に散り水面を彩る紅葉の情景を詠っている。山のもみじと川のもみじ。裾模様と錦模様。夕日に映える山々を遠景にし、渓流に散り浮かぶさまを近景にしている。実に巧みな対比だ。
『朧月夜』には心地いい大和言葉が散りばめられ、『紅葉』では文語体の簡潔さ、美しさが際立っている。現代は話し言葉による文章が一般的。だが"山のふもとの裾模様"や"水の上にも織る錦"を口語体にすると、回りくどい説明になり、秋の美的情緒が失われる。
文語体は、短い言葉で本質をつく。余韻があり、想いがふくらみ、表現の幅が広がる。文語は短歌などに用いられ、俵万智の現代風な歌にもまじっている。文語体は日本人が作った芸術性の高い表現様式。『舞姫』は鴎外が留学中の恋を高雅な文体で著したもの。アンデルセンの通俗的小説を流麗な文語で翻訳し、一気に芸術性豊かな『即興詩人』に仕上げた。私は難解な漢語に息も絶え絶えだった。
日本人固有の美意識と情緒性に通じていた高野辰之。敬虔なキリスト教徒として、優れた音楽的素養を備えた岡野貞一。情感溢れた詞と美しい旋律が子どもの感性を磨き、日本的心性を形づくってきた。
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