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市長の手控え帖 No.121「統計の意味するもの」

市長の手控え帳

 

賃金や労働時間の変動を示し、景気動向の判断指標となる毎月勤労統計で、長年不正な方法による調査が行われていたことが判明した。意図的か手抜きかは分からないが、由々しきことだ。
統計は社会・経済を映す鏡であり、政策立案の基礎となる極めて重要な資料。戦前の反省から「統計推進国」まで高まった信用を崩す恐れもある。統計は過去を検証し、今の姿を見つめ、未来を切り拓くための国民共有の財産。「公共財」であることを再認識すべきである。
明治初期。近代国家へ邁進する日本で、統計の重要性を力説したのは大隈重信だった。統計への理解が、いまだ十分でない時代に、「羅針盤を持たずに航海はできない」と権限と実行力を備えた統計院を創設し、自ら院長になる。今なら国務大臣兼統計院長というところか。
大隈は日本の現状を正確な数値で表す統計も、議会・法律・教育制度の導入と同様、近代国家の証明であることを誰よりも心得ていた。「大風呂敷」と揶揄されたが、首相や大蔵卿も務め、財政や統計に通じた一流の政治家だった。
近代看護の母、ナイチンゲールは優秀な統計学者でもあった。1854年、ロシアとトルコが争ったクリミア戦争に英国が参戦。彼女は従軍看護婦のリーダーとして派遣された。そこで目にしたのは、戦闘による死者よりも、劣悪な衛生環境で亡くなる兵士の方が多い実態だった。
彼女は、統計学を駆使し死因を分析。数字に弱い人でも理解しやすいように、円グラフにし、ひと目で分かるようにした。この報告書が契機となり、野戦病院の衛生状態が格段に改善され、死亡率は劇的に低下した。「天使とは美しい花を振りまく者でなく、苦悩する者のために戦う者である」。白衣の天使は、統計の母としても尊敬されている。
ときに統計はねじ曲げられる。数字を見れば、勝つ公算のない戦争に入ったり、戦果を異常に膨らませたり…。吉田茂は「戦時中から、とかく政府は故意に無意識に、好都合の数字のみを発表していた」と回想する。敗戦後、日本は食糧難に苦しむ。吉田はGHQに、450万トンの食糧を要請。実際の支給は70万トン。これでも餓死者は出なかった。
"450万トンとは、どんな統計からきたんだ"と気色ばむマッカーサー。吉田は涼しげに"日本の統計が正確だったら、あんな無謀な戦争はしませんよ。したとしても、勝っていたはずです"と。
戦後すぐ"統計の整備は日本再建の基礎事業中の基礎"と説く、経済学者大内兵衛を委員長に迎え、強い権限を持つ統計委員会を設立。翌年「統計の真実性確保」をうたった統計法が制定された。以後、日本の統計レベルは高くなり、世界の模範とされた。
しかし最近、統計が軽んじられているように思える。統計に限らず、教育や企業でも、いつ芽が出るか分からない研究開発や社員教育の経費を削り、即戦力を求める。しかし、時代を超えて必要とされる基礎や原則を重んじなければ、本物は生まれない。「すぐ役に立つ人間は、すぐ役に立たなくなる」。慶応大初代工学部長、谷村豊太郎の言葉は重い。
行政改革の名の下、統計職員は減るばかり。ベテラン職員からの専門知識の継承もうまくいっていない。大学にも専門の学科はない。統計重視の体制をとる欧米に比してお寒い状況だ。AIやIoTなど、データ活用が社会経済を左右する時代になった。より一層正確さを期し、根拠に基づく政策が求められる。
「敵を知り己を知れば百戦危うからず」。孫子の兵法の一節。相手の実情を知る一方で、自分の力を冷静に分析し、策を練る。軍学書であるが、国や自治体、企業経営にもあてはまる。統計への不信は、日本の将来に警鐘を鳴らしている。

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