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市長の手控え帖 No.108「心の情景をすくいとる」

市長の手控え帳

 

『赤いスイートピー』『ルビーの指環』など、多くの名曲を手がけた作詞家、松本隆。昨年秋、文化芸能での功績により、紫綬褒章に輝いた。2千曲以上の詞を紡ぎ出した言葉の魔術師。
彼はロックバンドの出身。グループサウンズやフォークの全盛期に、これにあきたらないメンバーが集まる。大瀧詠一、細野晴臣らと、今や伝説となった『はっぴいえんど』を結成。彼は作詞とドラムを受け持った。
「ロックに日本語は合わない」との見方を覆そうと、英語ではなく日本語によるロックを目指した。日本語がなじまない音楽に叙情的な詞を乗せ、自作自演する。しかし、才能と個性にあふれた面々が、ともに活動するのは難しい。バンドは三年で解散し、各々の分野に進む。
松本は作詞家の道を選ぶ。ボードレールや中原中也の詩が好きな文学少年だった。ビートルズの影響もあり、ロックにもひかれていた。柔らかく繊細な詩人の感性とロックが結びつく。ロックのビートとリズムを生かした言葉選びは、新鮮だった。
彼は、身近な風景や出来事を愛しく想う心を表現した。「くもり硝子の向うは風の街」。風・街が作品のモチーフになっている。原点は、生まれ育った青山や麻布、渋谷界隈にあった。路面電車が走る。白い道に埃が舞う。青い空や雲が近くに見える。春色や秋色の風が吹きぬける。自然があり、生活の営みがあった。
オリンピックで道が広がり、ビルができる。生家も消え、懐かしの友も散っていく。故郷が消えた。風は流れていくもの、それは失われた街への郷愁が込められている。彼は、風街に少年の頃の古き良き東京の面影を重ねている。
「何故あなたが時計をチラッと見るたび泣きそうな気分になるの?」誰もが共感する心の機微をとらえる。「煙草の匂いのシャツ」は嫌われるが、好きであれば許せてしまう。そういう日常の些細なことをすくいとるのが実にうまい。チマチマとした繊細なところに隠れている人間の本質を、巧みに表現する。
一方、湿気の多い歌は好まない。傷口をなめあうことからは何も生まれない。心がくじけ倒れそうなところから、どう立ち直るか。どうすれば折れた心を癒せるのか。希望や再起を言葉にする。人が好き。人がいるからドラマが生まれ、人と風景が溶けあい歌が生まれる。クールにみえる詩人の心は熱く、優しい。
「木綿のハンカチーフ」は、若い男女の恋愛と別れを、往復書簡の形式で切なく歌った名曲。「恋人よ ぼくは旅立つ」~『都会の絵の具に 染まらないで帰って』。時がたち「スーツ着た ぼくの写真を見てくれ」~『いいえ 草にねころぶあなたが好きだったの』。やがて「恋人よ 君を忘れて変わってく ぼくを許して」~『最後のわがまま 涙拭く木綿のハンカチーフください』。
すべてが東京へ向かっていた頃。都会への夢を捨てられない男性。おとなしく耐えて待つ女性。でも彼女は、都会の空虚さを感じていたのかもしれない。ビルの谷間の夕陽より、山並に沈む夕陽がいい。生まれ育った土地で、つつましくも心穏やかに暮らせればいい。木綿とは故郷のこと。故郷には文化や伝統、特産物、人のぬくもりがある。この曲は、故郷の魅力を磨き、価値を高めていくことが必要だと言っているようにも思える。
数年前、京都に居を移した。春は桜のトンネルを、秋は紅葉の絨毯を歩く。西行、芭蕉、良寛ら漂泊の詩人の足跡をたどり、歌の言葉を探したいという。作詞は余計なものを削いでいく作業。説明しすぎず、余白を大事にする。言葉の洪水に溺れている今だからこそ、余白は必要。余白に余韻があり、美が生まれる。もの静かでダンディな作詞家の挑戦は続く。

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