丹羽長重廟【にわながしげびょう】
指定種別 | 市指定 重要文化財(建造物) |
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指定年月日 | 昭和39年3月6日 |
(名称変更) | 平成22年6月24日 |
所在地 | 白河市円明寺 |
所有者 | 白河市 |
大きさ | 桁行6.6m、梁間3.8m |
東北本線白河駅より南方1km、小南湖の奥の丘陵中腹に所在する。霊廟は、三方を石垣で土留めして長方形の墓域を形成し、その中央奥を墓所としている。霊廟の前面には廟所と接続する形で、拝殿が設けられている。
霊廟拝殿は、天保7年(1836)に再建されたもので、桁行(けたゆき)約4間(6.6m)、梁間(はりま)約2間(3.8m)の入母屋造りで、前面に1間の向拝 が付してある。屋根は桧 皮葺であった(現在は銅版葺)。
丹羽長重は、織田信長の重臣丹羽長秀の嫡子で、長秀は越前・加賀など123万石の大名であったが、関ヶ原合戦の際に徳川方だった前田利長と争ったことから、所領を没収された。その後、慶長8年(1603)徳川秀忠の代に、常陸古渡(ふつと)に1万石を与えられ、元和8年(1622)に棚倉藩5万石、そして寛永4年(1627)白河藩の成立とともに10万石余で入封した。
長重は、小峰城の改築、町割りの改良整備など現在の白河の町並みの基礎を築いたが、寛永14年(1637)閏3月4日、江戸桜田上屋敷で没。享年67。遺体は現在地に埋葬された。法名「大隣寺殿前参議三品傑俊浄英大居士」。
霊廟拝殿の裏手5mのところには、切石を二重に積み重ねてた基壇内に据えられた塔身4.27mを測る宝篋印塔(ほうきょういんとう)があり、市の指定史跡「白河藩大名家墓所」のひとつとなっている。
→関連…白河藩大名家墓所
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