貞順院墓及び松平定業墓【ていじゅんいんぼおよびまつだいらさだなりぼ】
指定種別 | 市指定 史跡 |
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指定年月日 | 平成25年4月11日 |
所在地 | 白河市向新蔵 |
所有者 | 常宣寺 |
指定面積 | 貞順院墓 約11.4m2 松平定業墓 約10.8m2 |
貞順院墓【ていじゅんいんぼ】
貞順院(明和5年〈1768〉~寛政12年〈1800〉)は白河藩士中井氏の出で、藩主松平定信の側室となり男子一人と女子四人をもうけた。
なかでも、男子(寛政3年〈1791〉~嘉永5年〈1852〉)はのち信濃松代藩主真田家の養子となって幸貫(ゆきつら)と名乗り、真田家を継いで藩主となっている。
貞順院は寛政12年6月22日に亡くなったが、定信は松平家が桑名に転封した文政6年(1823)、藩儒の広瀬典の撰文により「貞順院様行状」などを納めている。
なお、墓の傍らには嘉永2年に子の幸貫が奉納した灯籠が立っている。
貞順院墓
松平定業墓【まつだいらさだなりぼ】
定業(文化10年〈1813〉~文政5年〈1822〉)は松平定永の三男で松平定信の孫に当たる。成長を期待されたが10歳で早世し、常宣寺に葬られた。法名は聡徳院。
墓碑には、4歳の時に祖父定信の所に行った際、側近が外出して戻るまでずっと定信の側に控えたり、食事の時に穀物や建物など、それぞれに携わる人がいて自らが恩恵を受けていることを理解するなど、聡明さが読み取れる逸話が記され、その早世が惜しまれたことが伺える。
松平定業墓
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