天王館跡【てんのうだてあと】
指定種別 | 市指定 史跡 |
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指定年月日 | 昭和55年3月14日 |
所在地 | 白河市表郷河東田字天王下 |
所有者・管理者 | 河東田区 |
表郷地域の河東田地区に存在する城館跡である。天王寺館・河東田城の別名がある。
標高337mの独立した丘陵上にあり、各方位を見渡せる要衝の地であった。丘陵頂部に東西約40m、南北約50mの主郭があり、その南方は緩やかな斜面となっている。また主郭を取り巻くように空堀、数段の腰曲輪が配置されており、山麓から頂上まで高低差があまりない点を配慮したものと思われる。
城主は白河結城氏の一門河東田氏で、結城顕朝の次男朝重の子孫にあたる重継が河東田を領有し、館を築いたと伝えられる。
天正年間(1573~1592)の頃、領主は河東田上総守(清重)で、天正3年(1575)、常陸の佐竹義重は白河領の棚倉赤舘を攻略した。翌年、白河勢はそれを奪回するため最前線となるこの天王館に集結し、赤舘に夜討ちをかけてこれを奪取したという。
しかし天正7年(1579)5月、佐竹は大軍で赤舘、天王館をはじめ近隣の諸域を攻略し、さらには白川城も攻略した。天正18年(1590)には豊臣秀吉により白河領は没収され、清重は結城義親に従って伊達家の家臣となり、天王館は廃城となった。
現在、この場所には白幡神社、奥に八坂神社(河東田牛頭天王祭を実施)が置かれており、参道西側が虎口、参道側が大手、北側が搦手であったと思われる。
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