市長の手控え帖 No.65「財政再建の先駆者」
円安・株高の効果もあり経済が上向いている。設備投資に拍車がかかり、賃金の押し上げも期待される。だが輸出はさほど増えず、地方経済までは浸透していない。とりわけ心配なのが膨大な国債。来年度末で地方分も含めると1、000兆円を超す。バブル後の景気を下支えする公共事業費や、年金・医療など急速に増える社会保障費で、歳出が膨らむ。歳入は経済の低迷や減税で減ったのが要因。
平成元年は歳出66兆円のうち歳入は60兆円もあった。24年は歳出97兆円のうち歳入は58兆円。当然借り入れに頼る。ここ15年間は、毎年30~40兆円も発行し、歳入に占める割合は4割に達している。公共投資にあてる建設国債はまだしも、生活費にあてる赤字国債が、全体の半分以上になっているのは極めていびつ。後世へのつけ回しと言われても仕方ない。
日本は、個人金融資産1、600兆円を有する国民からの借り入れであり、心配ないとの声もある。しかし金利が1%上がっただけで10兆円近く増える。消費税3%を上回る額だ。また国債残高は国税17年分にも相当する。はたして何年かけて返済するのだろうか。戦時の国債が、戦後の超インフレで紙くず同然となった苦い記憶もある。平時でこれほど国債に頼っている国はない。人は、当初異常だと思っても、それが続くと感覚が麻痺する。
古今東西、財政に苦しむ例は珍しくない。江戸時代も同様。それ故、改革家と称される人が出る。会津藩の田中玄宰は、朝鮮にんじんや清酒などの地場産業を奨励し、財政基盤を整えた。幕末、長州藩の村田清風・薩摩藩の調所広郷は、産業力を強め、密貿易まで行い、軍事費を賄った。私が印象に残るのは恩田民親。江戸中期、信濃松代藩の家老。後年、松平定信の息子が養子に入り、8代幸貫として老中を勤めた。藩祖信之の死後、治政に弛みが出て困窮の度を増した。加えて、千曲川の大洪水、大地震が追いうちをかけた。
お定まりの如く、家臣の俸禄の減、農民には年貢の前納を強いる。これが足軽のストライキや農民一揆を招く。藩存亡の危機。幸い6代藩主は聡明だった。民親の清廉な人柄に期待し改革を命じた。重責にうち震えたが意を決した。「民、信なくば立たず」。事の成否は信頼の回復と誠実にあり。民親は身内に「今後自分は一切嘘をつかない。食事は一汁一菜、衣服は木綿とする。妻とは離縁、子は勘当、親戚とは義絶する」と述べた。家族が嘘を言い、ぜいたくしては信頼を失う。とは言え容易にはできないから縁を切ると。一同は得心し、民親に倣ったという。後に藩士がまとめた「日暮硯」に綴られている。財政課勤務の頃、上司に勧められ読んだ。
早速藩士の減給をやめた。農民とも話しあい、前納はなくし滞納分も免除とし、以後は月毎の納入とした。町民への御用金も強制しない。但し、正当な理由なくして滞納することは許さなかった。民親は5年で亡くなり、見るべき成果は残せなかった。しかし、「恩田イズム」は、後輩に引き継がれ財政は見事に再建された。
備中、今の岡山県北部に松山藩があった。幕末の藩主は老中も勤めた板倉勝静。松平定信の孫にあたる。小峰城で生まれ養子に入った。藩はこの頃大きい債務に苦しんでいた。重税で士気はあがらず、人心は離れていた。そこで勝静は藩校教授の山田方谷に、根本的改革を命じた。今も昔も財政再建に近道はない。無駄を省き、倹約に努め、産業を興す。だが、理屈では分かっていても実行するのは難しい。
「入るを量り出ずるを制す」というが、方谷は、不要・無用な経費を徹底的に削ることから始めた。通常、ひた隠しにする懐具合を、借入先の商人に明らかにし、債務返済の大幅延長もとりつけた。その後、歳入増のため殖産興業に着手する。鉱山の直接経営、砂鉄から鍬をつくり、たばこ・茶・和紙・柚餅子などの特産品を開発し、専売制をとった。物産のブランド化と産地直売の推進だ。流通も合理化する。それまでは商人の手で大阪を経由し江戸へ持ちこんでいたが、手数料がかさむ。藩は自ら船を購入し、直接江戸へ運び売った。みるみるうちに利益が出たという。
さらに道路や河川を改修し、領民に現金収入の道を開いた。米を蓄え、災害や飢饉の折に供出できるよう、藩内に倉を建てた。公共事業の意味を理解し、生活の安定を図ることの大事さを見抜いていた。農民による軍隊をつくり有事に備えた。長州藩の「奇兵隊」のモデルともいわれている。方谷は「目先の課題にとらわれず、大局に立ち、本質を見つめ事にあたる」を基本とした。その結果8年で借り入れを返済し、逆にこれに相当する分を蓄えた。津々浦々に人材あり。山田方谷は、大局的視野と類まれな政策能力で松山藩を救った。
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