市長の手控え帖 No.56「首の差が意味するもの」
5月は美しい。花が咲き競い命みなぎる季節。まばゆいばかりのサラブレッドが、栄誉をかけ疾走するダービーもこの季節、古い友人に大の競馬通がいる。彼の「蘊蓄」を聞いているうち興味を持った。
格別な思いの馬がいる。一頭はハイセイコー。第1次競馬ブームをつくった。「走れコウタロー」がヒットした年の生まれ。地方競馬で負けなし。さっそうと中央へのりこむ。これがマスコミをとらえ、「名もない地方出身者が中央のエリートに挑戦する」ストーリーを作りあげた。判官びいきの心情ともあいまって、空前の人気を呼んだ。折しも、庶民派の田中角栄が首相になった頃。鼻持ちならない秀才をへこます野武士角栄を、この馬に重ねた。
怪物とよばれ、クラシック三冠に挑む。さつき賞をとりいやが上にも期待は膨らむ。しかし、ダービーで敗れ不敗神話は消えた。菊花賞も宿敵タケホープに屈する。天皇賞・有馬記念ではとうとう勝てなかった。関係者は実像と虚像の狭間で苦しんだ。でも人気は衰えなかった。人々は頭を下げ、巨体をゆすり力走する姿に、ひたむきさを感じた。引退時には「さらばハイセイコー」が歌われ、社会現象になった。
もう一頭はオグリキャップ。ハイセイコーは一流に近い血統だがオグリは三流。あし毛の馬も文句なしの成績をさげて中央へ。未登録で三冠には出走できなかったが、この年の有馬記念でいきなり優勝。底辺から這い上がった無名馬が、中央の優駿を一蹴した。圧巻は引退前の有馬。直近のレースで惨敗し限界がささやかれていた。「疾風に勁草を知る」。百戦練磨のつわものは、名騎手武豊との相性も良く奇跡をおこした。観衆はどよめき、期せずしてオグリコールが響いた。叩き上げの名馬は、最後に極上のプレゼントをしてくれた。オグリキャップは、第2次のブームをつくり、競馬を国民的レジャーにした。
競馬から遠ざかっていたが、面白い馬が出てきた。オルフェーヴル。三冠馬となり、有馬記念にも輝く。昨年10月7日、世界最高峰の凱旋門賞に挑む。我が友もパリのロンシャン競馬場へ赴く。狂気を秘めたこの馬で悲願の制覇を、との期待をこめて。とにかくクセが強くやんちゃな馬。デビュー戦でゴール後騎手を振り落とす。急にスピードを緩めまた加速したり、コーナーを曲がらず真っ直ぐ走ったり。
大レースが始まる。前半スムーズにいき騎手の手応えも十分。最終コーナーからスパート。圧倒的勢いで一気に先頭に立つ。このままゴールと誰もが思った。ところが、急にコース内側にきれこむ。ムチで体勢をたて直そうとするも効き目なく、柵に接触する始末。そのうち、インの最短をきた牝ソレミアがオルフェをかわしゴール。首の差だった。オルフェはあっけにとられたような顔をしていた。
誤算は二つ。まず仕かけると同時にトップスピードになり、瞬時に先頭になったこと。オルフェは、先走されるか並走しないと闘争心がわかないタイプ。早々にライバルが視界から消えたことが災いした。前夜の雨が、道悪巧者のソレミアに幸いしたこともある。もうひとつは、内へきれこむ斜行癖をコントロールできなかったこと。「調教技術が世界レベルでなかった」と調教師は述べる。
オルフェは、競馬に勝って勝負に負けた。強いから勝つとは限らない。実力のほかに、体調、馬場状況、レースのスピード、スパートのタイミング、騎手との相性などの条件が揃わないと勝てない。オルフェーヴルは、まれにみる強さと個性的な走りでファンを虜にした。そしてパリでの一人相撲で歴史に名を残した。
日本最強馬は世界トップクラスであることを示した。しかし、首の差であっても勝てなかったのは事実。これをどう考えるか。差はないに等しいとみるか、容易に縮まらない差とみるか。友人は翌日シャンティの調教場を見た。森の中に伸びる4千mの直線コース。いくつものダートや芝のコース。整備された生育環境やスケールの大きさに目を見張った。森での日常生活やトレーニングはストレスを軽くし、体調に合わせ距離やコースを選べる。日本の競走馬の血統レベルは世界一流にあるが、生育環境はかなり劣る。これが「首の差」につながり、この差を埋めるのは簡単ではないと結論づけている。
競馬に限らず、わずかの差にみえて、実は越えられない壁があることは多い。長い歴史と経験に裏うちされた高みに迫るには、鑿で堅い木をくりぬくような根気と努力が、欠かせないことを教えている。
オルフェーヴルは再度挑戦するとのこと。今度は、ワキにそれず、美女に目をくれず真っ先にゴールをかけぬけて欲しい。
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